第九章 歌う悪魔/向坂礼子
The devil
ねむれ、ねむれ、
ははのうでで。
ねむれ、ねむれ、
いとしいこ。
ねむれ、ねむれ、
ははのうでで。
いくのはおまえひとり、
いくのはおまえひとり、
いくのはおまえひとり、
だからいまはははのうでのなか、
ひとりいきいきていくのだから、
ひとりいきいきていくのならば、
このぬくもりをわすれないよう、
ねむれ、
いとしいわがこよ。
第一話 女教皇の声/神崎千洋
The high priestess
RRRRR
RRRRR
RR
「はい、千洋で
『千洋ちゃん? 私――
「――ま電話に出られません。ご用の方も、そうでない方も、ピーっとなった
大洋が沈む直前まではなんとか保っていた空も、赤い雲が群青色に変わっていくにつれて崩れ始めた。
雨。
この街は雨が多い。
雨が降ると気分が沈む。
憂鬱。
私が神崎千洋になったのも、確か、こんな雨の降り始めた夕暮れだった。
新しいお父さんは市議会の議員だった。偉そうな肩書きの割には妙に腰が低くて嫌いじゃなかった。
違う。
多分私は新しいお父さんが嫌いだった。
私は、太田千洋は歌を歌うのが好きで、皆の前で歌って上手いねって言われるのが嬉しくて、
でも、私は神崎千洋で、
解ってる。
小雨がちらつく薄暗い墓地は、とても不気味だ。
このお墓に眠っているはずの少女を、私は良く知らないし、ちょっと複雑だから、余計に薄気味悪いと思ってしまう。
礼子。
私が神崎千洋になってこの街に越してきた時には、まだ、元気だった、と、思う。
猫の様に大きな瞳が印象的だった。
知らない人のお墓。
まだ馴染めない風景。
太田千洋の知らない風景。
神崎千洋になるための風景。
私が、太田千洋が歌を歌うとみんなが喜んでくれた。
それが楽しかったから私は、太田千洋は歌を歌うのが好きだった。
神崎千洋は優等生で、成績優秀で、教師の受けも良くて、だってステータスに見合うだけの良い子でいないと、私は、神崎千洋は、あの家でもいらない子供になってしまう。
誰も知らないの。
だって判らないようにしてるから。
六年前、私は私を殺して私になった。
誰も知らない、太田千洋。
誰も知らない、神崎千洋。
私は私になるために一生懸命で、歌を歌うことも忘れてしまった。
一度だけ、礼子が歌を歌っているのを聞いたことがある。
悔しかった。
仁実は礼子と双子の様に似ていたけど、歌は歌わなかった。
だから、まだ、仁実の事は、好きかもしれない。
違う。
私は仁実も嫌いだ。
私は、神崎千洋が嫌い。
みんなは、神崎千洋が好き。
神崎千洋は、私が嫌い。
神崎千洋は、三島彰が好き。
悪い娘になりたかったから。
太田千洋は、三島彰が嫌い。
嫌い?
違う、多分、似てるから。
私と同じ、偽者だから。
礼子が病気になってから、私は何度かお見舞いに行った。
最後のお見舞いの日、礼子は私と二人きりになった時に死んだ。
一瞬、礼子と目が合って、礼子は、私を見て、
笑った。
許せなかった。
非道く悔しかった。
礼子。
……。
私はあなたを指一本で殺せる。
殺せば。
本当にできるんだから。
やれば。
さようなら。
他人を殺したいほど妬んだのはそれが始めてだった。
礼子は死んだ。
私と、二人きりの部屋で。
死んだ。
もう、いない。
歌いたい。
歌、歌いたい。
時々、無性に身体が求めている。
頭の中で音が響く感じ。
酸欠で、世界が歪む感じ。
空気が喉を通り抜ける感じ。
歌っている、太田千洋。
歌っている、私。
歌を歌う、私。
夢を見ている、私。
今はもういない、私。
私が殺した私。
神崎千洋が殺した太田千洋。
今はもう誰も見ない、死んでしまった少女。
第二話 力とセルロイド/三島彰
STRENGTH
RRRRR
RRRRR
RR
「はい、
『彰君、私――
「お前
『何も訊かないで
「ふざけるな
『お願い
「黙れ
『――あの店にいるから
「待てよ
『……
「畜生
太陽が消えて雨が降り始めた。
暗くなると、まだ肌寒い。
「望か
『彰
「今からお前の家に行くからな
『おい、
「身体、大丈夫か?
『うん、でも
「ならいい。外出る準備して待ってろ
『何だよ、一体
「チケット、忘れるな
『で――
地面を濡らす程度に降り続けている雨。
この坂道は長過ぎて様々な事を考えてしまう。
造られた偽物の貌。
造られた偽物の肌。
造られた偽物の血。
造られた偽物の心。
造られた偽物の歌。
双葉の歌を思い出した。
賛美歌の様にも、子守歌の様にも、鎮魂歌のようにも聞こえた。
それが切なげな音色だったのだけはまだ覚えている。
空白が欲しくなって思い切り飛ばした。
それでも歌は消えなかった。
先刻の話。
意外なところで意外な名前が出てきて驚いた。
気付かれただろうか。
異常にカンが鋭い望は気付いたかもしれない。
礼子。
知っていた。
メルクリウスの銃弾。
造るのは簡単だった。
あの男にお使いを頼まれた、と礼子は言った。あの挑むような瞳は年下とは思えなかった。
造るんでしょう?
壊したいのね。
消えてしまえばいいの。
あなたも、私も。みんな。全部。
壊しましょう。
消しましょう。
ふふふ、
ふふふ、
ふふ
そんな事はもう忘れたかった。
もっと白く、
もっと白く、
何も混ざらない、
もっと純粋な空白へ。
もっと純粋な虚無へ。
そう言えば礼子は仁実に似ていた。
千洋。
神崎千洋。
好きだとは思う。
可愛いとも思う。
駄目なんだと思う。
心が死んでいる気がする。
二人、寄り添ってはいても、
きっと何かが足りないままで、
何かを欲しがり続けるだろう。
地面を濡らす程度に降り続けている雨。
この坂道は長過ぎて様々な事を考えてしまう。
坂道の終りを曲がれば望の家が近い。
第三話 永遠の恋人/萩尾百合子
The lovers
RRRRR
RRRRR
RR
「はい、片山です
『望?
「美生?
『うん
「なんで逃げたんだよ
『ごめんね、でも、わけは言えないの
「今、どこにいるんだよ?
『ごめん、それも言えない。
「用は?
『怒ってる?
「怒ってる。
『ごめんなさい
「もういいよ
『身体、平気?
「良くなったよ
『そう、よかった。
「用件は?
『冷たいね。
「怒ってるからね
『でも元気ないよ
「そりゃね
『私を捜して、
「意味解んないよ
『いいの。捜して、見付かるまで。もしも辿り着いたら、きっと、多分、何もかもが解ると思う
「何言ってんだ?
『ダメ、もう時間が――
「待って、せめてヒントぐらい
『……ダメよ、無理。じゃあ、お願い、
「おい、
ツー・ツー・ツー
しばらくは、わけがわからずにただ電話を見つめていた。
ほら、もう一度電話がなる。
RRRRR
僕は素早く通話ボタンを押した。
『望か
「彰
『今からお前の家に行くからな
「おい、
『身体、大丈夫か?
「うん、でも
『ならいい。外出る準備して待ってろ
「何だよ、一体
『チケット、忘れるな
「でも、
ツー・ツー・ツー
リビングにはクリーニングのカバーに包まれた僕の制服が掛けられていた。
RRRRR
RRRRR
RRR
あ、また、
「はい、片山です
『望君、私、千洋……
「元気ないね
『まあね、
「法事は?
『抜け出した
「いいの?
『ダメ、本当は
「……
『私達も、従姉弟だね
「秀夫?
『聞いた。変な感じ。
「千洋?
『何?
「逃げようか
『いいね
「秘密の場所、教えるよ
『すごいね
「小学生みたいだけどね
『望君、年齢の割に幼いしね
「そんなこと思ってたんだ?
『本当は私、性格悪いの
「知ってる、かもしれない
『やっぱり、
「やっぱり?
『何でもない。
「どうしたの
『ね、望君、
「何?
『私のこと、好き?
「何言ってんの、急に
『好き?
「まあ、うん、好き、だけど
『だけど?
「大丈夫だよ、ちゃんと好きだから。
『性格悪いの気付いてたのに?
「千洋は千洋だろ?
『ごめんなさい
「謝ることないよ
『ねえ、望君、
「何?
『秘密の場所、教えてよ
「いいよ
『一緒に、逃げよ
「いいよ
『望君は、優しいね
電話が切れた。
千洋が心配だった。
彰の妙に切羽詰まった感じなのも気になるし、美生の行方も気になるし、秀夫も修一さんもタケルも気にはなるんだけど、
でも、
でも、
落ち着け。
落ち着け、望。
彰が家に到着するまでまだいくらか時間があったので、とりあえず、気分を落ち着かせるためにシャワーを浴びることにした。
はやく、はやく、
はやく、
もっとはやく、
はやく、
「やっと逢えた
塗れた髪が額に張り付いて気持ち悪い。
心臓が早くなった。
僕はシャワーを止めてお風呂場を出た。
「おい、何呑気に風呂なんか入ってんだよ。……俺の話、聞いてなかったのか?」
「うわあ、びっくりしたあ」
「ばーか」
部屋で髪を乾かしていたら、いきなり彰が背後に現れた。
「不法侵入!」
「ちゃんとチャイムも鳴らしたし、ごめん下さいも言ったぜ?」
「聞こえなかった」
「シャワーとドライヤーの音のせいだろ。お前が悪い。俺に罪はない。行くぞ」
「待てよ、髪ぐらい直させてくれよ」
「時間がねえんだよ」
「素髪で出歩くの嫌なんだよ」
「どうせヘルメットかぶるんだから関係ない着いたら便所ででも直せ。早くしろ」
「第一、どこに行くんだよ」
「デラシネ」
「……解った」
千洋のことを話す暇も無かった。
バイクに乗るのは苦手だった。
美生の後はバイクなのに不自然なほど安定してるからまだ平気だけど、他のバイクになるとどうしても怖くなる。振り落とされそうな気がするからだ。
しかも今日の彰は機嫌が悪いらしく、スピードも速ければ運転も荒い。
最悪のツーリングだった。
『萍』と一文字小さく書かれた木製のドアの向こうは、薄暗い、静かなバーだった。
僕はカウンターに荷物を置くと、バッグの中からグリースを取り出してトイレに向かった。
実は緊張していた。
髪がまだちゃんと乾いていないうちにヘルメットをかぶったせいで、頭がまだ湿っていた。だからグリースが変な風に延びて、いつもと違った感じになってしまった。
これはこれでいい感じ、かもしれないけど、僕は保守的なのであまり髪形を変えるのは好きじゃない。
五分くらい格闘して、結局いつも通りにはならないことをやっと悟った。
諦めてトイレを出ると、店中にピアノの音が響き渡っていた。
「お前さあ、こういう所に来たらまずオーダーだろ? 真っ先に髪直しにいく奴がいるかよ」
「悪かったよ。ところでさ、もう始まってんの?」
「まだだよ。これは前座、って言うかピアニストの指慣らしだな。……それより、オーダーしろよ」
「金ないよ」
「気にすんな、ツケがきく」
「いいのか?」
「他人の金だ、好きなだけ遣え」
「じゃあ」
とは言ってみたものの、この店にはメニューがないらしい。しかも貧乏高校生の僕に気の利いたカクテルの名前なんか解るはずがない。
「……バーボンのロック、ダブル」
「銘柄は?」
畜生、せっかく格好つけたつもりだったのに。いきなり彰に突っ込まれてしまった。
「解った。お前は無理すんな。レイ! ちょっとこっち来いよ」
彰が慣れた感じでバーテンダーを、しかもファーストネームの呼び捨てで呼んでくれやがった。
「小僧。またタダ酒食らいにきやがったな。……おい、珍しいな。友達か?」
「望だ。どうもバーボンのロックがご所望らしい。適当に頼む。俺は、いつもの」
「どうせ他人の金だしな」
「どうせ他人の金だしな」
初老の、不機嫌そうな表情の似合う渋めのバーテンダーと同じくらい不機嫌そうな彰はそう言って不機嫌そうにニヤリと笑った。
「お前、何者だよ」
「別に」
僕達の席に酒が届いた頃、ステージにシンガーが現れた。
「リリスの登場だ」
彰が囁いた。
「リリスねえ。何者?」
「さあ、ユダヤ神話に登場するってぐらいしかしらねえな……」
「アダムの最初の妻にして、魔王ルシフェルの愛人とも呼ばれる。人間の女と違ってリリスはアダムと同じ要素から作られ、アダムが正常位以外でセックスをしようとしなかったことからアダムと離婚、パラダイスを自ら去る。後に蛇に化身して楽園に戻りイヴに知恵の実を食わせたとも言われるが、紅海のほとりで過ごしたと言う説が有力。また、彼女は神の恩恵を拒んだ罪で一日に何百人もの子供を生むことになるが、その子供達は生まれる端から死んでいく。その罰に絶えられず彼女は紅海に身を投げて死んだとされるが、好色で奔放な性格から、魔王の愛人になりデーモンの女王として君臨したという説もある。また、罰が厳しすぎると彼女を哀れんだ三人の天使が舞い降り、彼女に生まれたの子供の運命を左右する権限を与えたともされる。男児なら八日、女児なら二十日、私生児なら一生を彼女が自由にできるわけだ。仏教の鬼子母神、グノーシスの聖・ソフィア、エジプトのイシス、ギリシアのゴルゴーン、シュメールのイナルナ、バビロニアのイシュタル、リビアのラミア、キリスト教の黒い聖母、日本神話のいざなみ、そしてユング心理学のアニマやグレートマザーなどとの類似点を調べてみると面白いね。最も旧い女神の一柱と言える違うな、地母神かな? まあ、どのみち彼女は神ではないのだけれど」
いつの間にか隣の席で飲んでいた男が完璧な解説をつけてくれた。
「誰?」
「さあな」
「つれないぞミシマアキラ。同姓同名のよしみだろうが。誰の金で飲んでると思ってるんだ」
「同姓同名ったって漢字が違うだろ。それにあれはペンネームじゃねえかよ」
「で、誰なんだよ、この人は」
「ミシマアキラ。美しい島のアサヒと書く。アサヒは北海道の旭川の旭ね」
「おいおい、こんなとこで飲んでていいのかよ、ステージはどうした」
「まずは百合子のア・カペラ。次の曲からが僕の出番だよ」
「そろそろ始まるんじゃねえか?」
「いい歌なんだから、よく聞いてなさ、」
「信じらんねえ、寝やがった」
「で、結局この人は何?」
「ああ、マイナー作家にしてデラシネのリリス専属ピアニスト。関わんねえ方がいい。見た通り今はただの酔っ払いだ」
「へーえ」
そしてリリスの歌が始まった。
いつか聞いた声。
懐かしい。
でも、つい最近もどこかで聞いたような気がする。
四人目の私の名前は、萩尾百合子。
紫、だ。
「ちょっと、いいか、彰?」
「なんだー?」
美島旭がもっさりと顔を上げて応えた。
「あんたじゃない」
「年上に向かってなんだその言い方は。ちょっとここに座れ。説教してやる」
って言うか僕、座ってるし。
「だいたいな、いいか、良く聞けよ?」
「おい、レイ、水。バケツで。これの目え、醒ましてやって」
「起きろ、月。出番だぞ」
「月?」
「ピアニストのときの名前は、月彦だか月読だかなんかそんなんなんだよ。美島旭は筆名だからここではこいつは月なんだよ」
「で、そのバケツを? 掛けるの?」
「まさか。レイは酒の次にこの店が大事なんだぜ? そんなことしたら店外追放の上、二度と入れてくれないね」
「じゃあ?」
「これはな、こうする」
そう言うと彰はいきなり月だか美島旭だかの髪の毛をひっつかんでバケツの中に突っ込んだ。
「ひとでなしー」
「解ってる。酔いは?」
「醒めた」
「嘘つけ」
「醒めたー」
「駄目だな。もう一回」
「殺す気か!」
「勿論」
僕は、かなり凄い友達を持っていることに気が付いて、帰りたくなった。
「死ぬぜ!」
「死ね」
「殺す気か? 本気か?」
「だからそうだって言ってんだろ」
そんなやり取りを繰り返しながら彰は美島旭の頭をバケツに何度も突っ込んだ。
……帰りたい。
って言うか、気付け? 他の客。
「解ったことがあるんだけどさ、」
「何だよ、望」
「彰、お前鬼だろ。本当は鬼だね。って言うか絶対鬼。どんどん鬼。かなり鬼。いつか僕のことも取って食う気だろ?」
濡れた頭をタオルで拭きながら歩いていった美島旭が、一瞬、振り向いた。
「違うね。彰君は鬼じゃなくて、悪魔だ」
「何言ってんだよ、こんな天使のように清らかな心の少年に向かって」
「彰、天使だって出るとこ出れば悪魔呼ばわりされんだぜ?」
「あ、そう」
「あの人さ、どこかで見たような気がするよ。それも、かなり最近」
「ああ、俺もそう思うね。便所で会ったんじゃねえか? 鏡の中にいただろ」
「どういう意味だ?」
「今日のお前のウエットな髪形、さっきのあいつにそっくりだ。そう言えば、顔も似てるな。一人称も『僕』だし」
「はあ?」
「気にすんな。世の中には自分に似てる奴が三人いるっていうだろ。その内の二人に連続で会っただけの話だよ」
「……タケルのことか」
「そうだ。で、お前、俺に何を訊こうとしたんだ?」
「ああ、あんまり凄いことが起こってたんで忘れてた。えっと、リリスの本名って、解るか?」
「確か、百合子だよな」
「名字は?」
「何だっけな……ああ、萩尾、だ。萩尾百合子。本名かどうかは知らない。俺はそう聞いた」
「やっぱり」
「なんだ?」
店内に急にピアノの音が響いた。
……。
凄くアレンジされまくってるけど、多分、これは、猫踏んじゃった、だよな?
で、どうやったらそこからバラードに流れられるのか、ちょっと僕にはその神経とテクニックとバランス感覚が解らない。
そんなわけで酔っ払いマイナー作家の伴奏はバラードに変わった。
しばらくはリリスの歌を聞いていた。
店中が静かになって、誰もが歌声に聞き惚れていた。
「遅い……」
彰が苛立ったように呟いたのと、僕の首に冷たいものが当たったのがほとんど同時だった。
僕が振り向くと、意外な顔に出くわして面食らった。
「いつ、連れていってくれるのー?」
「は?」
なぜか千洋が立っていた。
手には綺麗な色のカクテルグラスを持っている。背後には秀夫もいた。
「すいませんね、こいつ、相当酔っ払って……望君じゃないか」
「こんばん、わ」
「いけないな、未成年がこんなところにいたら」
「俺達が未成年なら、千洋も未成年。連れてきたあんたも同罪」
「いいじゃないよー。私、お酒嫌いじゃないしー。おいしー。ねえ、これもっとー」
「千洋、もうダメだ」
「うるさい! 秀夫、私ねー、ずぅぅぅっと言おうと思ってたんだけどー、秀夫ねー、ムカつく! 嫌い! 死んじゃえ! 彰も、望君も、お義父さんも、お母さんも、仁実も、礼子も、伯父さんも伯母さんも大っ嫌いよ! みんな嫌い。みんな……いなくなればいいのに! 礼子みたいに−! 礼子みたいに、みんな、私が殺してあげるんだから!」
「千洋、お前、何言って……」
「ダメよ、千洋ちゃん。そんなことをしたらJUSTICE HEAVENに殺されるわ」
「JUSTICE HEAVENはコロシは……」
美生が、いた。
違う人みたいだった。
「違うの。全部教えるわ。はやく。時間がないの。あれが孵る前に、できるだけはやく、終わらせないと」
「美生!」
「ナジャ、か」
彰が、呟いた。
ナジャ?
「かわいそう……」
千洋が、呟いた。
「美生ちゃん、悲しいの?」
「……」
「痛いの? 手?」
千洋が美生のてのひらをそっと握って自分の頬に当てた。
「……行ってる、から」
美生はそれを振り切るように店を出ていった。
ステージでは四人目の母親が悲しい歌を歌い始めたところだった。