第五章 魔術師の指/シヴィル
          The magician

 その男は私の目の前で次々に悪魔を呼び出した。彼の指のない掌から踊るように現れるこの世のものではない物どもに私は魅了された。そして私は悪魔使いになる決心をした。 私は彼と契約のくちづけを交わした。無限の砂漠の中で、彼の舌も乾いていた。
 私は彼と旅を続けた。
 金色の砂の海の旅は辛く、私は飢え、渇いた。蜃気楼は歪んでは消え、私はそのたびに絶望し、彼の呼び出した悪魔は美味しそうにそれを啜った。
「もう、耐えられない」私はある日ついに弱音を吐いた。「水が、欲しい」
「ここに水はない」彼は指のない掌を翳して無情に告げた。
「でも、これでは死んでしまう」
「ここは潤っている」
 そう言って彼は私にくちづけた。以前は渇いていたはずの彼の唇は、不思議なほど瑞々しかった。
 私が彼と旅に出てから数か月後、彼は私の呼び出した悪魔に喉笛を喰い千切られて死んだ。山吹色の砂漠に染み込んだ悪魔使いの血が不思議なほど無機質な色で、全てを焼き尽くすような灼熱の慈愛は私を救ってはくれないことを知った。
「死にたくない……」私は悪魔に懇願した。
 彼を殺した悪魔は私を殺さなかった。私の願いは聞き届けられ、悪魔は私の指三本と瞳を引き替えに私に命を与えた。
 それ以来私の瞳は光を求めず、失われた指は常に痒痛を訴え続け、私はまだ死んでいない。
 これは、まだあなたが知っている人が誰も生まれていない頃の話。




 ぞっとするほど冷たい三本の指が僕の頬を撫ぜた。

 背骨が軋んで、身体中の筋肉が悲鳴を上げた。

 一瞬、
 懐かしい匂いがして、
 僕は目を醒ました。

 眩しい。
 眩しい。
 教会の割れたステンドグラスから差し込む朝日は目が痛くなる程眩しいのにテーブルの上には古ぼけたランプがあるだけだった。

 ?

「早く目を醒ましなサい」
 目と目の間に冷たい指が這ってきて僕は目を醒ました。
「うわあっ」
「何を驚くのデす、悪魔憑きの少年」
 悪魔憑きのシヴィル、が独特のアクセントで言った。
 悪魔憑きのシヴィル、は、想像していたよりも全然優しげな雰囲気をまとっていた。ゆったりとしたローブのような服に包まれた身体は座っていても判るほどの長身で、黒いヴェールに包まれた顔は判別不能で、ただ、時折グリーンの瞳がその奥で無機質なまでに冷たくランプの弱い光を反射している。

「マた、厄介な物に憑かれましタね。いやハや、全く珍シい。あなたぐらいの年齢の少年ナら、夢魔あたりだロう、と思っていたのでスが」
「一体……」
「私に憑いているのと同じ物、過去の流出、もしくは――記憶」
「記憶?」
「最も旧い記憶デす。赤子の、誕生の、胎児の、もしくはそれより以前の」
 胎児よりも以前?
 精子とか卵子の状態の時のことか。
 ただの蛋白質の塊に記憶なんてあるわけない。
 僕はそんなことを言った。
「いイえ、違いマす。神の領域、とでも言うのでしょウか。原始の記憶、アあ、私にはそれを言い表す言葉がありまセん。阿迦奢、集合的無意識、アあ、そんな言葉では言い表すことなどできないのデす」
「……それで、それに憑かれるとどうなるんですか」
「私の場合は代償に指を三本と光を奪われまシた。恩賞は永遠の命。そして私に与えられた罰も同じデす。私は永劫の罪の荒野を彷徨い続ける爛れた魂。私は止まったままの時計を抱き締めて世界の終りを見届けるまで決して赦されることはないのデす。幸い、あなたには全く違うものが求めラれ、与えられたようデす。失われたものは過去の記憶の一部、手に入れたもノは――。そレは、あなたがあなた自身で見極めなければいけまセん」
 この人はどうやら気違い、それもばりばりの電波系らしい。
 あ、だから悪魔憑きなのか。
 納得。
 永遠の命なんてあるはずがない。
 ……。
 翠、とか言う女は僕も同じだと言ってるのか?
 やめてくれ。
 確かに最近調子が悪いけど別に僕は電波じゃない。
「私は気など狂っていませンよ」
 心の奥を覗き込んだような声でシヴィルが言った。
「狂えるものナら、狂ってしまったほうが幾らかマし――」
 シヴィルは頭を振るとテーブルの上にあったカードを手に取った。
 まるで見えているみたいだ。
 シヴィルは悲しそうな異国の言葉で何か呟きながら、人より少ない指で器用にカードをテーブルの上に広げてシャッフルした。
「占いはお嫌いでスか?」
「……、僕も、やるんです。アマチュアだけど」
「そうでスか。アあ、そう言えばまだ自己紹介もしていませんでしタね。私はシヴィル。シヴィル・フルーレティ。悪魔の名を持つ女刻まれた罪を忘れることのないヨう、自らに与えた名デす。故郷はエジプト、砂漠の中の何もない村デす」
「僕は片山望」
「望、あなたが望……。美しい名です。その名に恥じぬよう、いきなさい」
 一瞬、シヴィルの句読点の一歩手前に跳ね上がる独特のアクセントと鬱陶しいまでの敬語が消えた、ような気がした。
 そして僕はずうっと以前に、同じことを言われたのを思い出した。
 誰だったかは忘れた。
 とても、大事な人だった。

 カードの枚数からして、シヴィルの占いは僕と同じ、大アルカナだけを使うタイプのものらしい。
 タロットは大アルカナと呼ばれる0から二十一までのナンバーの付いたカード、例えば『世界』や『悪魔』などのカードと、小アルカナと呼ばれる『剣』『聖杯』『金貨』『棍棒』のそれぞれAから10までと王様・女王・騎士・従者の四枚を加えた計五十六枚のカードの二つに分かれる。
 小アルカナは後にナイトとペイジが融合してジャックになり、トランプの原形になったらしい。つまり『剣』はスペードに、『聖杯はハートに、『金貨』はダイヤに、『棍棒』はクラブになったと言う事らしい。
 占いはまず大アルカナだけで始めて、慣れてきたら小アルカナを加え、七十八枚全てを使いこなせるようになったら独自の占法を見付けるのがいい、と言う事だけど、実際素人に限らずタロット使いはだいたい大アルカナだけで占うことが多いと思う。よほどの熟練者でなければ七十八枚ものカードを扱い切れるものじゃないし。
 シヴィルは多分段階を踏んで大アルカナに戻ったんだと思うけど、もしかしたら最初からずっとこれだけでやっているのかもしれない。
 シヴィルの『永遠の命』の話が本当なら、その『最初』がいつなのかは解らないけど、タロットの起源の有力候補のエジプト出身だと言う事から考えても、シヴィルのタロットはかなり本格派だと言うことになるのかもしれない。

 シヴィルがタロットを並べ終えた。
 僕には複雑すぎて手をつけられないケルティッククロスだった。
 ケルティッククロスはケルト十字展開法とも言い、トータル十枚ものカードを駆使するスタンダードな占いの中でも厄介な奴だ。
 非常に一般的な割に使いこなすのが難しく素人がタロットが難しいと思うのは多分これのせいだと思う。
 一つの問題に対してかなり精密な答えが出る代わりに、解釈の範囲が狭められやすいので、見当違いも多くなりがち。熟練者なら怖いくらいに正確に未来を占えるけど、素人はカードとカードの繋がりが読めずに勘違いしやすい。
 せっかくプロセスや周囲の状況が最高なのに最終的な結果にに『死』が出たから「ああお別れですね、死にます。永遠の別れ。もう会えないでしょう。御愁傷様」とか言われたんじゃやってられない。
 危なっかしいんで僕はこれには手を付けないようにしている。
 僕の占法はトライアングル、または大三角形の秘法、と呼ばれるもので、カードは四枚しか使わない。
 『過去』『現在』『未来』に一枚ずつカードを置いて、それら三枚を統括する形で『キーカード』を選びだす。四枚のカードがお互いにお互いを影響し合うので、一枚入れ代わっただけでも意味はまるで違ってしまうのでそこが面白いと言えば面白い。

 シヴィルが並べたカードには、運命の輪、星、月、死、魔術師、審判、太陽、愚者、悪魔、塔のカードが出ていた。
 どこから読むのか解らなかったし、どこのカードがどんな意味だったかも忘れてしまったので、僕にはこの配列は読めなかった。
 シヴィルはしばらくカードを撫でてから、小さく溜め息をついてカードを戻してしまった。
「あの、何がどんな結果だったんですか? 僕には読めなかったので、あの、教えて下さい」
「何でもありまセん。気になさらないで下サい」
 そんなこと言われても。
 気になるし。
「どうしても知りたいんです。何か、引っ掛かる」
 嘘だった。
 ただの好奇心だ。
 シヴィルは僕のそんな心を見透かしたように僕を見て、と言うかその目は見えてはいないはずなのでとりあえず僕のほうを向いて、解りまシた、と呟いた。
「初めのカード、現在の状況を現しマす。これは運命の輪でシた。逆位置デす。何を求めても上手く行かナい。
 次のカード、キーカードデす。星デす。正位置にありマす。一筋の希望が見えマす。しかしこの希望、いかにも頼り在りまセん。星は遠くにて光っているモの。今この時に輝くものではありまセん。
 本人が求める方向性。月。正位置。本人ははっきりとした解決による真実の暴露を恐れていマす。
 本人の中に眠る方向性。死。正位置。怯えながラも、この不自然な状況に苛立っていマす。悩み、苦しんデも、早く解決してしまいたいと思っていまスが、それによって失うものがあることにも気が付いていマす。
 プロセス。魔術師。逆位置。何度もチャンスを目の前にしなガら、それを逃していマす解決に対する怯えはここでも影を落としていマす。
 将来の予想。審判の正位置。全てが済んだ暁ニは、必要なものだけが物り、不要な者どもは去っていくでショう。
 本人のポジション。太陽。リヴァース。自分のルーツを見失い、それに気が付いてさえいまセん。
 周囲の動向。愚者のリヴァース。傍観を決め込むことに徹しているようデす。
 本人にこの問題を解決することができるか否か。悪魔。アップライト。没頭し過ぎで周囲に無関心になっていマす。外部から思わぬ横槍が生り、それによって糸口が見付かる可能性を示唆していマす。
 結論。塔のリヴァース。最悪の事態の寸前まで行きまスが、己の無カさ、来歴否認? 考え違い? 思い込み? 何なのでショう、私には解り兼ねまスが、そう言った何かに気が付くこトで、後一歩で何も彼もを失う事態を免れることがあるでショう」
「それで?」
「ハい?」
「これは、誰を?」
「もうお解りでショう?」
「解りません」
「……。解りたくない、のですか?」
「何を言ってるのか、」
「いい加減にしましょう。あなたも、私も。……あなたの周辺には、数多のカードが暗示的に現れています。
 魔術師・女教皇・女帝・皇帝・法皇・恋人・戦車・力・隠者・運命の輪・正義・吊るされた男・死・節制・悪魔・塔・星・月・太陽・審判・世界・愚者、  変化・知性・包容力・支配・施行されざる力・調和・前進する力・打ち勝つ力・秘めた力・バランス・試練・別離・錬磨・誘惑・罰・希望・不安・生命・正しき者の勝利・最高の叡智・自由、
 崩壊・高慢・嫉妬・横暴・詭弁・不完全・暴走・強情・矛盾・悲惨・煩悩・ジレンマ・再会・怠惰・解放・過信・はかなさ・浄化・忘恩・報い・挫折・移り気。
 運命の輪を廻しなさい、望。
 あなたが、遍く全ての運命の輪を廻し続けることで、何もかもがその姿を変え、何かが終り、何かが始まるのです」
「運命の、輪?」
「そうです。あなたが以前大切だった人々、あなたが今大事に思う人々、あなたが未だ出逢っていない人々が、既に廻り始めた輪の中に絡めとられ、苦しんでいます。いかなるときも己を失ってはいけません。あなたが、となり、ドアを開けて人々を導くのです」
 いつの間にかシヴィルの訛は取れて、不思議なほど流暢な日本語になっていた。
 でも、僕はそれさえも気にならないほど混乱していた。
「望。あなたはこの一連の出来事に関わる多くの人物の中で唯一人、流れを変え得るカードなのです。いきなさい、望。それだけがたった一つの真実です。十五年前の様に、あの日の様に」
「十五年前?」
「ああ、望。やっぱり、あなたは、覚えてはいないのですね」
「僕はあなたに会ったことが? 多分、でも嘘だ、そんな事はあるはずがない、違う、違う違う違う!」
「あなたたちが彼等によって逃がされ、辿り着いた教会にいたのが私です。繁華街の中で朽ちた、あの割れたステンドグラスの教会をあなたは覚えてはいないのですね。私が与えた名前の本当の意味を、あなたは忘れてしまったのですね。
 それはそれで、良いのかも知れません。
 忌まわしい記憶は、生きる枷になるだけです」
 忌まわしい記憶?
 それが僕の悪魔の正体?
「いいえ、もっと根深いものです」
 口に出ていたらしい。
「中途半端な情報は残酷なだけです。ちゃんと教えて、」
「本当に良いのですか?」
「でも、」
「あなたが求めるなら、私は全てをお教えしますが、それがあなたにとって良いことだとは思えません」
「教会、火の海、歌う母。死んだ天使と瓦礫の山。人形、夕暮れ、タロットカード。手を繋いで逃げた子供達。炎の中で高笑いする母、発生学の凄く前衛的な研究、神性の剥奪、希望の名を与えられた子供。僕は何も知らない僕は何も関係がない!」
「それでいいのです、望」
「でもそれじゃ納得できない――さっきから頭の中で何か動いてる。今度はただの好奇心なんかじゃない。何も知りたくない、でも、でも、」
「あなたの母親の名前は、片山園美ではありません。あなたはあの女の一番のお気に入りでした。旧い片目の人形の代わりにいつも新妻小夜子の膝の上で歌を聞いていまし 「だから僕は右目のない人形なんか知らない!」
「落ち着きなさい、望」
 シヴィルの威圧的な、それでも静かに響く声が、僕の心臓を締め付けた。
 この声。
 懐かしい。
 覚えている。
「目を醒ましなさい、望。もう逃げるときは終わったのです。例えどこに逃げようとも、運命と言う盲目の野獣はあなたを放しはしません。
 さあ、思い出しなさい。
 そして、生まれ変わりなさい。
 自分自身に、生まれ変わるのです」

 眩しい。
 眩しい。
 眩しい。
 僕は生まれた。
 初めての世界は光が眩しすぎて頭がくらくらしてしまう生臭いひどい臭いだ耐えられないそして僕はそれを伝える術をまだ知らないなんとか逃げたいのに僕は逃げ出すための手足も動かせはしないああ眩しい眩しくて臭い早く助けてほしいんだお母さん。
 いつか僕がここから解放してあげる。
 だから。
 早く。
 ああでもあなたは僕を抱き締めて悲しい歌を歌い続ける。
 僕はあなたの片目の人形でしかない。
 僕はなんだか裏切られたような気分になった。


「今は眠りなさい、望。瞼を閉じれば、一度何も彼もが消えてなくなります。私の魔法もこれが最期。眠りなさい、望。私の、美しい名前を持つ子供……」
 シヴィルはそう囁くと三本しかない指で僕の顔を撫で、ランプを消して出ていった。
 すごく懐かしい匂いがした。
 甘い、埃のような匂いだった。
 僕は突然の暗闇の中に取り残された。
 何も、見えない。
 紅い炎が見えた。
 それが幻覚なのはもう解っていた。

 紅い炎。
 僕の一番古い記憶は母親の膝の上で始まる。母親は僕をあやすでもなく、ただ強く抱き締めて瞼を閉じてよく通る美しい声で悲しい歌を歌う。僕を抱き締める母親の腕が細かく震え始め、僕は不安になって泣きじゃくる。突然母親は僕を床に投げだし、その美しい指で僕の右目をえぐり出そうとする。僕は激しい声で泣き続け、その声に気が付いた女の研究員が母親を突き飛ばして僕を拾い上げる。母親は壁にぶつかって気を失うまで、ずっと悲しい歌を歌い続けていた。
 それでも僕は母親が好きだった。
 女の研究員が僕をあやそうとしているのに僕はむずがって泣いてばかりいる。まだふらつく足取りで、母親を探していた。
 部屋を抜け出して、研究所をうろうろしていたら、物置のようなところに出た。
 僕はそこであの男の抜け殻を見た。
 僕は裏切られた様な気分になった。
 それからはもう何も覚えていない。
 気が付いたときには研究所はもう火の海だった。
 遠くで母親が笑っているのが聞こえた。
 僕の隣で、紫が同じように笑っていた。
 四人の研究員達の段取りは異常なほど巧妙だった。もともと僕達を連れ出すつもりだったことを後になって知った。火が出たのはもともと予定されていたことだったが、点火の時間が異常に早かったと騒いでいた。研究員達は誰も火を付けていなかった。新妻小夜子の躁鬱病の治療のためという名目で持ち込んだ大量の炭酸リチウムに、誰かが火を付けたそれが誰だったのかは結局判らないまま、全ての責任を博士になすり付けて研究員達は世間に紛れてどこにでもいる普通の人になった。母は焼け死んで、博士の行方は誰も知らない。あの男も消えてしまった。

 僕達はしばらくルイーズと教会で暮らしていた。何日かして紫が姿を消した。誰も捜さなかった。研究員達は生活が落ち着き始めると一人ずつ僕達を迎えにきた。初めに礼子が次に仁実がいなくなった。そのときその娘達にはまだ名前がなかった。双葉も名前がなかった。送り出される時、ルイーズが名前を与えた。研究員達の名前からの連想だった。紫だけは最初から名前が決まっていた。あの男が付けた。
 僕と、双葉と、まだ名前のないもう一人の三人になった。
 もう一人はいつも一人きりでいた。

 研究員は四人だった。
 仁実と礼子と双葉と僕がもらわれた。
 紫はあの男がさらっていった。
 もう一人はどうなったのか知らない。
 僕の名前を付けたとき、もう一人、にもルイーズが名前を付けた。
 朔。
 漢字だけ覚えてる。
 読みかたは知らない。
 望月に対して朔月、だったらしい。

 ある日双葉がどこかから銀の指輪を持ってきた。
 結婚しよう。
 指輪は大きすぎておかしかった。
 結婚しよう。
 それで僕達は誓い合った。
 いつかもう一度出逢ったら、私を花嫁にして、と双葉が言った。
 僕は約束した。
 次の日に双葉は連れていかれた。
 忘れないで、約束。
 うん。

 一番最後に僕を迎えにきたのは、母親に目をえぐられるところを助けてくれた女の研究員だった。
 そして僕は片山望になった。
 『朔』だけが教会に残った。



 突然、事務室のドアが開いて、誰かが入ってきて、すぐにドアを閉めて振り返った。レインコートの襟がめくれて、雫がたれている。また雨が激しくなったのかもしれない。 

「タケル君」