光合成

 純度の高い酒を限界まで摂取すれば光合成が出来る。これが或中学生の知っている唯一の法則だった。ラム。ジン。ウオッカ。テキーラ。果ては消毒用アルコールに至る迄或中学生は光合成の為だけに体内に取り込んだ。

 葉緑素を持たない生物の存在は許されないこれが或中学生の学んだ唯一の戒律だった。そしてアルコールと日光の臨海点で或中学生は動物でいる事を止める。淫らな色の赤血球は美しい葉緑素に姿を変え或中学生は光合成を始める。

 或中学生のお気に入りは山奥の森林の中に在る基地だった。総ての緑色の強力なオゾンの匂いに包まれて或中学生は自分の身体を植物に変えた。真昼の基地には木木の切れ間から狂う様な眩しさの光が雪崩れ込み或はその陽溜の中で日が陰る迄光合成をした。
 太陽が消えてしまうと或中学生は夜の女王を探しに街に出掛ける。そして多数のアルコールを買い求め夜の女王に火を点すと或中学生は家に戻って眠りに就く。そして旭日が昇ると又基地で光合成をする。そして日日は過ぎて行く。


 或中学生がいつもの様に夜の女王を探しに行き戻ると基地の外に外人の男が転がっていた。或中学生はそれを拾った。基地の外で拾ったので基地外の人と名付けた。
 基地外の人は言葉が通じない上になんだか身体が弱っていた。或中学生は基地に液状のLSDを混ぜたエヴィアンを与えてから着ていた軍服を脱がせて悶えるに任せた。基地外の人は十二時間の精神旅行の果てに漸く自分を取り戻し全裸の儘或中学生の作った料理を十と二皿平らげた。

 基地外の人は聞き取り難い甲高い声で早口で何かを捲し立てたが或中学生が基地の軍服を返さなかったので取り敢えず壁に在ったタペストリーで腰を覆った。或中学生は基地外の人が大人しくなったのでもう一度LSDを与えて今度は目隠しをして悶えさせた。或中学生は夜の女王を燃やし乍ら暗闇の中でそれを見ていた。基地外の人が喋る言葉に或中学生は聞き覚えが無かったが良く考えてみれば或中学生は自分の母国語を喋る人間とも真面に話した事が無かったのでそれが何を意味しているのか解らなかった。若しかしたら或中学生の母国語と同じ種類の言葉だったのかもしれない。
 百と十六人目の夜の女王が火炙りになった後旭日と基地外の人の覚醒が同時に訪れた。或中学生は基地外の人の目隠しを取った後でテーブルの上に食事を用意して光合成をする為に出掛けた。

 太陽が一番高い杉の頂上に辿り着いた時、基地外の人が或中学生の元にやって来た。口元には汚らしく涎の跡が残り目は真っ赤に充血していた。或中学生はそれに一瞥をくれた後で手元の瓶を取りウオッカを一息に煽った。基地外の人はたどたどしく或中学生の母国語で延々と何かを語ったが或中学生はそれに耳を貸さなかった。僅かに残った或中学生の記憶を辿ってみてもその訛は酷かった。
 或中学生が基地外の人の話を全く聞こうとしなかったので基地外の人は腰のタペストリーを巻き直して寝床に戻った。
 或中学生は陽溜の中で日光を存分に吸収して光合成を行い、太陽が完全に沈んだのを確認してから夜の女王を探しに出掛けた。


 夜の女王が上手く見付からなかった。
 揚句或中学生が寝床に戻る途中で雨が降出した。此の儘では明日は光合成が出来ない。日付が変わる頃雨は一層烈しさを増し或中学生は何人か残った夜の女王を次次と火刑に処した。そして最後の一人が死灰へと姿を変えるとまだ僅かに赫い炎の名残る夜の女王達の骸を基地外の人に浴びせ掛けた。或中学生は苦しみ足掻く基地外の人の横面を殴り逞しい腹筋に基地外の人が気を失う迄拳を浴びせ続けた。それから腰布を剥ぎ取ると基地外の人の顔にLSDを垂らし目を醒ます迄傍で待った。基地外の人が目を醒ますと或中学生は暖炉に火を入れ基地外の人の目前でタペストリーを燃やした。基地外の人は異常に興奮し大声を揚げ乍ら射精した。或中学生は火掻き棒を使ってタペストリーを灰に変え朱く焼けた鉄の先端を基地外の人の内股に強く押し当てた。
 雨垂れの音が谺した。

 旭日が昇り雨が止んでいた。
 或中学生は光合成の準備をし基地外の人の為に食事と背広を一揃え用意した。蕾の脹らんだ芥子の花の傍の湿った土の上に根を下ろして或中学生は光合成を始めた。雨上がりの空は絶えず涼しい風が吹き雲が何時もよりも疾く流れていた。正午を過ぎた辺りで、或中学生はウオッカの瓶を倒した。それから少し泣いた。
 そして場違いな天気雨が降出した。

 太陽の光を浴びながら或中学生は雨に打たれていた。
 黒く有機的な雨雲が太陽を覆い尽し大粒の雨が地面を泡立たせ始めた頃レインコートを来た基地外の人がやって来て眠っていた或中学生を抱き抱えて寝床に運んだ。
 或中学生は目を醒ますと基地外の人に抱き着いて一仕切り泣いた。淡緑色の背広の襟が或中学生の髪から滴る雫と涙で濡れた。夜の女王が居ないので暖炉に麝香をくべてもう一度泣いた。身体が冷えていたので基地外の人は濡れた服を脱がせて自分も服を脱いだ。或中学生は基地外の人の裸の胸に縋って夜が更ける迄泣いた。或中学生は基地外の人の身体中を弄り昨夜自分が当てた焼き鏝の痕を見付けた。基地外の人の内股は薔薇色に抉れ弱く火照っていた。

 やがて雨が止み冷ややかに輝く巨大な月が星の無い空に出現したので或中学生は夜の女王を探しに街に出掛けた。今日も夜の女王は殆ど居ない。或中学生は泣き疲れた身体を庇う様に寝床に戻った。生命を与えない太陰は死んだように不安定に落ち窪んだ影を大地に映した。或中学生は夜の女王を丁寧に焼き殺しその屍臭を味わった。基地外の人は一瞬狼狽した様な表情を見せたが直ぐに弱弱しく微笑んだ。
 数少ない夜の女王を全て焼き尽くした後或中学生は無感動に基地外の人の背広を焼き捨てた。基地外の人は再び狼狽したが或中学生がそれ以上何もしなかったので落ち着いて眠った。或中学生は基地外の人の寝姿を横目で見乍ら夜の女王の死灰を暖炉に捨てた。
 そして或中学生は基地外の人の傍に寄ってその身体を見据え火傷の痕に触れた。或中学生はその疵痕に弱くくちづけてその儘目を閉じた。

 次の日或中学生が目醒めると陽はもう既に頭上高く昇った後だった。或中学生はふらふらと起き上がり辺りを見回した。基地外の人は居なかった。或中学生は小さく深呼吸して少し蹣いた。急いでウオッカを流し込み外に出る。陽溜に根を下ろし光合成を始める。ウオッカがアルコールが足りない。赤血球は葉緑素に変化しない。
 森が或中学生を受け入れない。
 そして幽かに地響きがしたのに或中学生は気が付けなかった。

 嵐が来た。