第18話 "OSS"
だからどうした。
長い眠りから目覚めさせた妹に五年分の状況を説明したり、チップ内のデータをアップデートしていると、廊下から3度、銃声が聞こえた。
アップデートを中断してベッドの周囲にカーテンを巡らせて妹を隠してから、八雲は様子を見る為に目を廊下に向けた。
もう一度銃声。
そして一瞬の沈黙。
悲鳴。
足音。
緊急事態、か。
長い入院と昏睡状態で満足に身体が動かない妹に絶対に声を出さないように言ってから、八雲は廊下に出た。取りあえず無線の使えるところまで行かない事には丸腰の八雲には何も出来ない。
勝算は、あった。
八雲のもう一つのソフト、OSSは無線メールの要領で他人のチップに軽度のハッキングをかける事が出来る。普段はケーブルで接続しないと出来ないような事を強制的に実行させられる。精々簡単なコマンドを幾つか使えるくらいだが、使い方さえ間違わなければかなり使える。
相手のデータやソフトをコピーしたり、相手にデータをコピーさせたりと、あまり人道的な使い道は思い付かないソフトなので普段はあまり使う事も無いが、ソフト保持者からMASQUE用のソフトをコピーする時だけは使っていた。
さっきストレッチャーで妹と入れ違いに手術室に運ばれていった女から無線で採取したソフトは、破壊性のウィルスと乱数を定数に変換するソフトだった。その付き添いの男からは検索専用のウィルス型ソフトをもコピーしていた。
これがあればおそらく、勝てる。
銃弾より無線電波の方が速い。
GTSで位置情報を押さえれば気付かれずに感染させられるだろう。
無線の使えるところなら、の話だが。
病院内でGTSが反応しているのは数名、そのうち比較的新しいのは2名。
手術室の近辺にいる、らしいが。
手術室の奴等には悪いが、無線が有効なエリアまで出てくるのを待つしかない。
また銃声。GTSの反応が2つ減る。
死んだか。
GTSの反応の一つが急激に強くなり、自分に接近してくるのが解った。
多分GTSオリジナルの若い男だ。
GTS入手後に遭遇した相手なら誰かまでは識別できる。
「おい」
若い男の腕を掴んで止める。八雲も背は高い方だが、こいつはそれ以上大きい。
「何が起こってる」
「説明してる暇はないです...あれ?」
「俺も説明してる暇はないが、お前のソフトをコピーさせてもらった。オリジナルはどこまで解る?あいつらは何ものだ?」
「星旗六門...。物理的にソフトを奪おうとしてます。」
「物理的?」
「所持者を殺してチップを取り出すんですよ!」
「手伝え」
「は?」
「止める」
不愉快だった。
多分それが理由だ。
八雲自身、他人のソフトを多少劣化しているとは言えコピーして使う能力を持っているし、軽度とは言え人の脳を直接ハッキングする事さえできる。使い用によっては極悪人にもなれたのだろうが、そんな面倒な事はしたく無かった。
星旗六門とか言う奴等の事をとやかく言えた身ではなかったが、何かが無性に不愉快だった。
別にどうでもいい。
八雲は少しだけ、笑った。
「フリーズしそうなくらいデカいデータを捜せ」
「あります」
若い男、ごっつは兄のHomeSickファイルを思い浮かべた。GTSが反応して現在のHomeSickファイルのパスをいくつか探し出し、動き回るファイルを追い続ける。八雲と名乗った青年には人しか捜せないらしい。
「奴等が無線の有効エリアに入ったら俺のソフトで奴等にそのデータを強制ダウンロードさせる。フリーズしたところに侵入してダウンさせる。いいな?」
「でも...」
HomeSickファイルはダウンロードが終了すると"オリジナル"の模擬人格が現れてしまう。
「今の時代に実弾で人を殺そうとする奴以上に異常な人格がいるわけがない。第一、ダウンロードが終了する前に片付くさ」
「大丈夫かなぁ」
「大丈夫さ。お前が死んでも俺は生きる」
「鬼!」
ごっつはGTSの反応をしっかり監視していた。
反応がどんどん減っていく。
しかも、誰も逃げてはこない。
CBKとスバル=いかこはまだ生きている。
多分、生きたまま連れ帰る気なのだろう。
星旗六門の目的が解らない。
空き拡張スロットを持っていたとしても、使えるソフトは精々同時に3つが限度なはずだ。
何の為にソフトを集める?
...解らない。
九月が、最近の兄がおかしいのはソフトを集めているせいだ、と漏らしていた事がある。
何の為にどうやって集めているのかは解らなかった。
ただ、少しずつ、ごっつの好きだった兄ではなくなっていくのだけは解った。
八雲もソフトを集めるソフトを持っていると言う。
手癖が悪いだけだ、と言っていたが、そうは思えなかった。
兄も、八雲も、星旗六門も、何の為にソフトを集めているんだろう。
一体、何が起こる?
ようやく星旗六門の二人が無線の有効エリアに現れた。
ごっつがHomeSickファイルのパスを八雲に教え、八雲がいろいろなソフトを使って星旗六門に強制ダウンロードさせる。
二人が完全にフリーズしたところで、ごっつと八雲はその場所へ急ぐ。
二人は銃を構えたままフリーズしていた。
「徒然さん...」
八雲が一瞬驚いたような顔で星旗六門の女を見て、呟いた。
八雲はまず、ISRとheavenで男の方のシステムをダウンさせた。生命維持装置は破壊しなかったので命に別状はないはずだが。殺してやろう、と思わない事もなかったが、なんだか人殺しと一緒にされるような気がして嫌だった。
徒然には、一瞬躊躇ったが結局SLEEPMYDEARで眠らせた。HomeSickファイルはダウンロードが完了してしまうと却って危険らしいので二人のダウンロードをキャンセルする。男の方のフリーズはとまったがいろいろと派手に壊したせいで意識は無く、痙攣している。
徒然は夢でも見るように眠っている。
「知り合い、ですか」
眠った徒然を見てごっつが聞いた。
「上司だ。無理難題ばっかり言う」
「へぇ」
「...」
「どうしましょう、これ」
「侵入して探る。時間が無いから手伝いなさい」
「手伝うって」
「見張り。得意技だろ」
取りあえず男の方の記憶を探った。が、殆ど何も出てこない。
解ったのは、男の名前が坂東啓太郎、すなわち星旗六門の黒大哥だと言う事と、有効なデータが異常に少ない事くらいだった。
さっきいろいろ壊した時に一緒にやっちまったかと思ったが、そうではないようだった。
通信ログも含めて、ほとんどのデータがなくなっている。
空きスロットにソフトを詰め込む為に消したのか。
それとも。
徒然の方も調べてみる。
上司の脳に侵入なんてした事が無いから正常な状態がどんなのなのかは解らないが、こちらは最近の会議の内容から無線メールのログまでしっかり残っていた。おそらく正常だろう。
ログを調べてみるが、たいした情報は得られなかった。
元々彼女は殆ど知らされていなかったのかもしれない。
「八雲さん!誰か来た!」
「今どの辺にいる?」
「...GTSじゃなくて」
「何?」
八雲が振り向くと、眼鏡をかけた男が立っていた。
「こんにちわ。土方八雲さんと神田悟史さんですね? 僕は[機関]から来たエイジ(斉木英治:さいきえいじ)といいます」
エイジ、と笑顔で名乗った男の手には、しっかりと銃が握られていた。
「使えねぇ見張りだな」
「ごめんなさい」