第14話“MASQUE”

  畜生。
 

  その時、手術室の内線が鳴った。
  担当医のタツヤが向かう。

  歩ポロが何人かのナースを呼び出し、shivasをベッドに寝かせる。ハッカーの二人は何か喋り続けている。
  そして妹は眠ったまま。

  カオスだけが充ちていた。

  おそらく、妹と違いshivasのファイアウォールは普通だろうから、通常の書き換えで済むはずだ。問題ない……、はずだった。

  SLEEPMYDEAR……
  知っている。
  あいつだ。
  けむり。
  KMRの伝染源だ。

  けむりやshivasとは、仕事をサボって良く潜り込むチャットで知り合った。KMRが蔓延する直前にも、話していた。けむりがログに紛らせてこっそりとサーバにワクチンデータを流していたのに気付いたのは、昨日だった。だからあのチャットに出入りしている人間は強制的にワクチンがダウンロードされ、KMRに感染する事はない。KMRに抗体があると言う噂が流れていたのも同じサーバを使っているチャットやコミュニティだけだった。
  自分の周りにその噂を知っている人間が多かった所為で、気付くのが遅れた。
  不覚だった。


「歩ポロ、急患だ。二人。そのうち一人はDDだ。」
  タツヤが慌てたように言う。
  shivasと妹がストレッチャーに載せられて運ばれていく。
  入れ替わりに若い女が搬入される。
  こんな時の人間は、物のように見える。


  現実感が無かった。
  手術室を出る。
  部下のはやし(林深雪:はやしみゆき)から何通か無線メールが来ていた。手術室は完全に無線を無効化しているので、サーバに溜まっていたメールが一気に八雲の脳にダウンロードされる。
  急ぎの用件は特に無かった。
  大至急ハンドルネーム「けむり」を探すようにはやしにメールを送る。
  手術室に駆け込んでいく若い男と一瞬目が合った。男は少し驚いたような顔をした。
  少しだけ昔のけむりに似ていた。


  多分、自分の「ソフト」を組み合わせれば、妹を目覚めさせる事は簡単だ。ミーティングの時にらんらんの「RENAMENOTES」も虹郎の「AMRYTAJUNKY」もソースをコピーしておいたから、オリジナルと同等とまではいかなくても大体同じ能力は使える。
  八雲の「ソフト」、「MASQUE」は、ソースをコピーして他人の「ソフト」を若干の制限はあるが使えるようになると言う物だった。shivasの「hands」も、タツヤの「FRM」も、はやしの「HYS」も、妹の「DIVINEDESIGN」も、けむりの持つ3つのソフト−「KMR」「HomeSick」「SLEEPMYDEAR」−もコピーしてある。だから「SLEEPMYDEAR」の解除だって出来るのだ。理屈では。
  でも。
  妹は好きで眠りに就いた。
  妹が結婚し、眠りに就く直前、「さようなら」とだけ書いたメールが送られてきたのだ。
  だから、生命維持の為だけに病院に入れたのだ。幸い妹の結婚相手は結構な資産家だったから、入院費の心配も無かった。今は妹自身の名義に変更された莫大な遺産からその費用が出されている。
  おそらく、妹はこの結婚が嫌だったのだ。
  今は状況も変わった。
  そろそろ起こしてやるか。
  一度起こして、それでも眠っていたければもう一度眠らせればいい。
 

  八雲は2023号室へ向かう。
  ウィルス感染者と言う建前なので、病室も無線が制限されている。有線でやるしかない。
  ナースを上手く追い払い、部屋に鍵を掛ける。自分のコネクタと妹のコネクタを繋ぎ、データの誤差を修正するのに数秒。DDのファイアウォールを突破するだけなら「YKM」で充分だった。「RENAMENOTES」を使って妹の中の「SLEEPMYDEAR」を自分と同じIDに変える。案の定就寝時間が「∞」に設定されている。自分の「チップ」から「MASQUE」で「SLEEPMYDEAR」を起動し、就寝時間を「∞」から「0」に設定変更。
  あとは普通に目覚めるはずだ。

  五分も掛からなかった。

  コネクタを外し、妹の頬を軽く叩く。

「お兄ちゃん……」
  妹の声は少し掠れていた。

  八雲が五年分の状況を説明している時、病室の外から三度、銃声が聞こえた。