第13話 “AMRYTAJUNKY”

  とても短い時間の、幻。
 

  虹郎が歩ポロからオペの詳細のメールを受け取った時、彼女は複雑な気持ちだった。
  サイバーなオペの場合、医療の責任者、医療の補助が数名、コンピュータの専門家、ネットセキュリティ、バイオの専門家等、様々な人が立ち会うのが普通だった。
  今回のオペのメンバーに、虹郎が勤めている会社からネットセキュリティが派遣されていた。
  shivas。虹郎の元上司で、有能なデザイナーだったが、上との人間関係のトラブルからハードワークで有名なネットセキュリティに左遷された人物だった。虹郎は彼の才能に憧れていたし、人間としても尊敬していたので、彼の左遷が確定するまで上の人間に楯突いたりもした。無駄だとは解っていても、何もせずにはいられなかった。
  shivasの左遷が確定した日、二人は一度だけ関係を持った。以来虹郎はshivasに会っていない。

  オペの前日まで、ミーティングは繰り返された。当然サイバースペースでの会議なので、メンバーどうしが直接会う事は当日まで無かった。全員が集まる事はなく、個人個人と担当医のタツヤとの面接のような物が多かった。まれに数名集まったが、shivasと虹郎が出会う事はなかった。

  オペの手順は、虹郎が「ソフト」でエミュレートしたKMRウィルスを使ってらんらんが患者のチップに侵入し、生命維持システムの不具合を書き直すと言う物だった。
  「心の中」にある生命維持システムを書き換えるのは医療系ソフトを使えば比較的容易に出来るのだが、今回は患者自身が「ソフト」保持者らしく、通常の手段ではファイアウォールを突破できない所為で、虹郎が呼び出されたらしい。
  虹郎の「ソフト」――虹郎はアムリタジャンキィと名付けた――の能力はアプリケーションをエミュレートする事が出来ると言う物だった。主にウィルス系に効果絶大で、KMRやYKMなど、デメリットとデメリットを持つウィルスを感染しないままメリットだけを抽出して使う事が出来た。
  また、らんらんの「ソフト」――リメームノーツ――は、あらゆるコピーガードを無視できるので、強力な書き換え防止機能の付いている脳内チップの書き換えには最適だった。
  虹郎がエミュレートしたKMRウィルスをらんらんに持たせ、らんらんがみかりんのチップに侵入して恐らく破壊されているか休止状態になっている生命維持システムを書き直す手はずになっていた。
  みかりんのチップに眠っているはずの未知のウィルスに感染するのを防ぐ為、ダイレクトにチップに侵入する訳ではなく、一度ワークステーションを通してから侵入する為、ハードの管理が得意な歩ポロがそれを担当する。ウィルスの漏洩や侵入を防ぐ為にshivasが配置される。タツヤやバイオの専門家の出番はその後の予定になっている。

  オペ当日。
  手術室にはかなりの人数が集められた。
  予定表に入っていなかった所では患者の唯一の身内である兄の八雲がいた。
  shivasと八雲は知り合いだったらしく、短いが親密な空気を感じる挨拶を交わしていた。虹郎はshivasと目を合わせようとしなかった。自分の仕事にだけ集中していた。shivasが持ってきたKMRに感染したディスクを受け取る時に、一瞬、手が触れ合った。
  しばらくの間その部分が熱を持っていた。

「じゃあ、そろそろ始めるよ。」
  あまり緊張を感じない声でタツヤが宣言した。

  オペは順調に進んだ、と、思う。
  ワークステーションには虹郎、shivas、歩ポロ、そしてらんらんの4人が接続していた。
  チップへの侵入が成功した時点で、タツヤとバイオの責任者から歓声が上がった。
「ええと、……何これ……。嘘!」
  らんらんが短い悲鳴を上げる。
「どうしたの?」
  虹郎は声を掛けた。内心、失敗か、と諦めの感情がよぎった。
「チップの中に……。」
「何?」
「ウィルスじゃないよ、これ。アプリケーション?  でも……」
「何があるの?」
「SLEEPMYDEARだって……。駄目!逆流してきた!」
  すぐにらんらん・虹郎・歩ポロの3人はワークステーションとの接続を切った。ハッキング慣れしている3人に比べ、shivasの切断だけが一瞬遅かった。
  shivasはワークステーションに向かって倒れ込み、そのまま眠るように昏睡状態になってしまった。

  その時、手術室の内線が鳴った。