第12話 “DIVINEDESIGN”

 さようなら。


 みかりん(宇佐美香織:うさみかおり)が眠りに就いてもう5年が経つ。
 18歳で結婚し、数ヶ月後、正体不明のコンピュータウィルスに感染してチップの生命維持装置が麻痺し、以来一度も目覚めていない。身体は痩せ細り、若さは少しずつ失われ、治療の糸口さえ見つからないまま、彼女は自分の夫が既に亡くなっている事さえ知らずに眠っている。

 何日かに一度、彼女の兄が見舞いに来る。
 担当のドクターであるタツヤ(城崎辰哉:しろざきたつや)に挨拶をして、1時間ほど何をするでもなくみかりんの傍に座って、寝顔を眺め、いつも小さな溜息を残して帰って行く。話し掛けたり、手を握ったりはしない。いつもただ眺めていくだけだった。

 彼女を目覚めさせる方法は、「心の中」にあるチップの生命維持装置を書き直せばいいのだと言う事は見当が付いている。ただ、タツヤが中心になった医療チームで何度挑戦しても分厚いファイアウォールに包まれた「心」を越える事は出来なかった。みかりんのファイアウォールは特殊で、ほぼ毎秒毎に複雑に変化していた。ウィルスがどうやってこの壁を突破したのかさえ謎のままだった。恐らくこれが噂に聞く「ソフト」なのだろうとタツヤは思っている。

 先日、タツヤの下に新しい研修医が配属になった。歩ポロ(秋葉れい:あきばれい)と言う、コンピュータと医学の両方を得意とする、そのわりにまだあどけなささえ感じる少女のような外見のドクターだった。
 脳内チップが義務づけられてから、医学と工学、それにバイオテクノロジーの連携が重要視されるようになり、チップによる疾患などのためにハッカー並みの知識を持つドクターも珍しくない。タツヤが配属されているのもデジタルディズイーズ(DD)専用の病棟だった。

「タツヤ先輩、2023号室の方の事なんですけど」
 タツヤが詰め所でコーヒーを飲みながらドキュメントを片付けていると、歩ポロが話し掛けてきた。
「『先輩』はやめてよ。恥ずかしいから。」
「ええと、じゃあ、タツヤさん?」
「……まあいいよ。それで」
「ええと、2023号室の患者さんなんですけど、ファイアウォールが邪魔なんですよね?」
「そうだよ。凄く特殊なんだ。あんなの見た事ないよ。」
「今流行のKMRウィルスを使えば侵入できるんじゃないですか?」
「それはそうかもしれないけど、誰かが感染しなきゃいけないだろ。駄目じゃん。」
「私の知り合いで、ウィルスに感染しない『ソフト』を持ってる娘がいるんです。それで、その娘の能力だったら、いけるかもしれないです。」
「部外者を危険な目に合わせられないよ。」
「次回のハッキングのチームに組み込めませんか?」
「彼女は何やってるひとなの?」
「ええと、本職はデザイナーです。」
「専門家じゃないの?うーん、難しいよ。」
「じゃあ私が直接上と掛け合います」
「ええ?」
「だって、彼女なら多分2023号の患者さんを救えるのに……」
「んん、しょうがない。掛け合ってみるよ。あんまり期待はしない方がいいと思うけどね。ほら、上の連中は頭堅いから。」
「そうですか……。解りました。」
「ええと、一応その娘のプロファイルデータまとめて僕に提出して。」
「はい。了解です」

 タツヤがその日の夕方に受け取ったプロファイルデータはなぜか二人分で、虹郎(二条早希甫:にじょうさきほ)とらんらん(八橋小鳥:やつはしことり)というどちらも歩ポロと同い年の女性の物だった。
 ハッカーには尋常でなく若い人達も存在するから、年齢で判断は出来ないが、プロファイルデータから読み取れる人格から感じるイメージだけではどうしても不安になってしまうのだった。

 若いハッカー。
 タツヤはけむの事を思い出す。
 最後に生身で会った時、けむもタツヤもまだ少年だった。実際の年齢はタツヤの方が少し上だったが、早くに両親を亡くして下の兄弟の面倒を見ている所為かけむは随分大人びていたのを覚えている。
 まれにメールやオンラインでの付き合いはあるが、一時期随分仲が良かったのに。
 彼はまだモニターの前で涙を流しながらネットテロリストを続けているんだろうか。

 またね、と言って別れてから随分経つ。