第7話“anythingfreedom”
兄の不審な行動に九月が気が付いたのは、もう随分前の事だった。
「ファーム」に関する情報を躍起になって集めだしたのだ。
元々兄はハッカーとは言っても雇われでやっつけ仕事をするだけの、凄腕には程遠い三流ハッカーだった。向上心がないかわり、野心もない、そんなタイプだったはずだ。兄の性格から考えて、強力なセキュリティに挑む様な無謀な真似をするとは考え難い。
兄がそういう性格になった理由の一つは自分にある、と、九月はいつも責任を感じていた。
九月は今でこそハッキングの能力を身に付けて自力で金を稼ぐことができるようになったが、幼い頃は兄が一人で九月と弟のごっつ(神田悟史:かんださとし)の食い扶持を稼いでいたのだ。自分の為に使う時間などなかったはずだし、仕事の量も多かったはずだ。昔と違い今はハッカーは掃いて棄てたいほどいるので、一件辺りの報酬はタカが知れている。だから、兄弟3人だけで生きていくには兄が大量の仕事をこなさなければいけなかったのだ。仕事の量が増える。時間がなくなる。身に付けた技術だけで対応しなければいけない。新しい技術を身に付ける暇も、他の事に興味を持つ余裕もなかったはずだ。
兄の専門分野はハッカーの王道のセキュリティ破りなどよりも、ウィルスやワクチンと言った、破壊と修復・予防の作業が専門だった。自分で作ったウィルスを自作のワクチンで退治と言う、比較的楽に稼げる商売だったからだ。ウィルスメーカーは他にも沢山いるし、新種のウィルスはいくらでも発生するから、仕事に困る事もまずない。セキュリティ破りのように自分が危険に曝される事も比較的少ない。実際、兄はセキュリティ破りにはほとんど興味などなかった。
だから。
「ファーム」に興味を持つはずがなかったのに。
謎だった。
でも、普段やる気のない兄が、真剣に、しかも自分の為だけに行動しているのを見て、嬉しくなかったと言えば、嘘になる。
「九月、この辺の転送システムのターミナルが判るか?」
「ええと……、右前方に一つ。」
「仕事だ。3:00P.M.」
「OK」
九月は“anythigfreedom”と言う脳内ソフトのおかげで、転送システムからのアイテムのダウンロードに制限がない。法律で禁止されている物でも、有機物でない限りは入手できる。ターミナルと脳内チップを有線で繋いで自宅のサーバに作成してあるリストからダウンロードするだけで良い。兄のソフト、KMRを使えばファイアウォールは問題ではないから、2分もあればダウンロードが終了する。
ちなみに3:00P.M.と言うのは兄のお気に入りの銃の名前だ。リストのトップにあるので、検索の必要もない。もっとも、兄が実際にそれを使ったのを九月が見た事はなかったし、九月がいなければダウンロード出来ないので、おそらく、兄は銃器を撃った事がまだない、はずだ。
兄は自分の脳内チップが他人と違う事につい最近まで気が付かなかった。勿論九月も、ごっつもそんな事は知らなかった。三兄弟全員のチップに、それぞれ別々の特殊なソフトが入っている。「ソフト」の存在を知ってから、兄は変わった、と、思う。
少なくともそれが理由の一つではあったはずだった。
「ファーム」に忍び込む理由を無理に説明させたところ、兄が答えたのが、ここには「ソフト所有者のリスト」がある、と言う物だった。
嘘の匂いがした。気のせいかもしれない。