第6話“BLANKY”
黒大哥(坂東啓太郎:ばんどうけいたろう)からメッセージが到着したのが解った。
徒然は直接チップにメッセージをダウンロードし、サーバから消した。
KMRウィルスの発見以来、サーバの管理を全面的に任されている八雲に気付かれない為だ。
一瞬、八雲の視線が刺さった。気のせいかもしれない。
キーボードを打つ手を休めずに、メッセージを読んだ。実際には、黒大哥の声でのメッセージだったので、正確には、聞いた。
「CBK、ISR、99%の3人の居場所を突き止めた。ただ、CBKは既に使えねぇ。ISRと99%を捕獲する。お前の協力が欲しい。黒大哥」
「星旗六門」のソフト狩り遂にが始まる……。
「専有ソフト」の噂は知っていたが、それが一体どういう物なのか徒然は知らなかった。黒大哥に訊いても教えてはくれず、かといってそこいらに情報がある訳でもない。もしかしたら八雲が何か知っているかもしれない。でも……。
数分間の逡巡の挙げ句、結局徒然は八雲のデスクに近付いていた。
KMRウィルスと専有ソフトの関係性を示唆する情報を以前黒大哥に聞いた事があったのを思い出したのだ。これを口実に、八雲から情報が引き出せるかもしれない。
「どう? 順調?」
「……順調なら、経理屋がサーバごと管理したりはしませんね。」
「そうね。」
「で、何か御用ですか?」
「あら、つれないじゃない。」
「忙しいので。盆暗ばかりの会社ですから。」
「じゃあ、簡単に訊くわ。このウィルスと専有ソフトの関係は?」
徒然はカマをかけてみた。この男がふつうに訊いて答えるはずが無い。
「……」
失敗か。
「ソフトの情報は基本的に誰も知らない、はずなんですけど。どうしてみんな知ってるんでしょうね?」
「みんな?」
意外な返答に徒然は戸惑った。
「メールフレンド数人からも同じ事を訊かれましたよ。そもそも、私の個人アドレスからウィルスチェッカーを配布したのが間違いだった。」
「珍しいミスね。」
「会社のサーバは既に感染済みです。そんなサーバからメールを送ったんじゃ、ウィルスチェッカーの意味なんてありません。」
「それはそうだけど」
「なので、仕方なく自宅のサーバから送信しました。」
「それで?」
「私は専有ソフトなんて物は聞いた事も無いので知らない、というメールをことごとく送ってますよ。」
「でも知ってるのね?」
「ええ。私の中にもありますから」
動揺した。
黒大哥に報告するべきだろうか。
「そんなに沢山在る物なの?」
「ありませんね。ただ、所持者は集中する傾向があるらしいです。一人が持っていればその兄弟は軒並み持っていると考えて良いでしょう。友人、上下関係などでも集まるらしいです。私が知ってるのは10件程度ですが、全ソフト所有者の半数近くと思われます。意図的に所持者が集められているとしか思えない。」
「それで?そもそもソフトってなんなの?」
「チップの中の異物です。それがあれば常人よりもサイバースペースにおいて特別な事が出来る。大きく分けて2種類に別れ、それぞれ拡張子型、ソフトウェア型と言っても良いでしょう。」
ISRは拡張子、99%は意味が通じるからおそらくソフトウェアだろう。
「拡張子型はアルファベットか数字で3文字。基本的に意味を成さない3つの記号の配置です。異質な拡張子のファイルがあったら気をつけてください。ウィルスとしてもワクチンとしても使用できるタイプで、感染力があります。それぞれの拡張子によって起こる現象は様々で、YKM、CBK、KMRはこのタイプのソフトを使って作られた物でしょう。」
「CBKって言うのは聞いた事が無いわ」
さっきの黒大哥のメッセージにあったソフトの名前だ。
「一般には広まらなかったウィルスですからね。一部のハッカー……というよりも、侵入マニアのほんの一部が感染しただけです。」
「詳しいのね。」
「ええ。私はYKMウィルスの感染者でしたから。情報を集めていたんですよ。」
八雲は必死で否定しようとしているが、徒然は既にYKMウィルスを作ったのが八雲だと言う事を知っていた。八雲は誤魔化そうとし、徒然は誤魔化された振りをする。そしてどちらもお互いが知っている事を知っている。多分。
「拡張子型はウィルスなのね?」
「まあ、そう覚えてもらえばいいです。本当はちょっと違いますが。」
「それで、ソフトウェア型って言うのは?」
「意味を成すアルファベットか数字・記号の並びです。効果は拡張子よりも遥かに多彩で、特有の能力があります。ほとんど超能力に近い。詳しい事は解りません。」
「……それで、KMRウィルスと専有ソフトとの関係は?」
「KMRはファイアウォール無効のウィルスです。その気になればチップの奥底にある専有ソフトだって取り出せる。感染者のスロットに空きがあればですけどね。専有ソフト用の拡張スロットは普通の人には無いらしいので、大量虐殺って事はないでしょうけど。稀に空っぽの拡張スロットだけがある人もいるみたいです。勿論スロットって言うのは比喩で、実際にチップの中に空洞があるわけではありませんけどね。」
「死ぬのね?」
「専有ソフトはチップの中の拒否反応抑制システム……要するに生命維持装置みたいな物ですね。それとシステムを共有しているので、ソフトを奪われれば死にます。基本的に。」
「コピーは使えないの?」
「コピー自体は出来無くは無いんでしょうが、個別のIDがあるようで、重複したIDを持つ物が現れると、累計時間の長い物の方が短い方を無効にさせます。自分のソフトを使って実験したので間違い無いです。コピーしたとしても、」
「そう……なのね。ありがとう。頑張って。」
徒然は小さく呟き、自分のデスクへと戻った。
もう一度黒大哥からのメッセージを聞いた。
これから人を殺しに行く。
徒然は今更ながらにそう思った。