第4話"heaven"

 いかこ(真崎多佳子:まさきたかこ)のイカサマがばれた事はない。
 勿論サイバースペースのカジノでの話だ。
 まだカジノが合法化されている訳ではないが、規制する手段が存在しない為、事実上サイバーカジノは野放し状態で存在していて、いかこはそこで連戦連勝だった。
 天性の勘9割。マグレ1割。少なくとも初めはそうだった。
 純粋にギャンブルを楽しむ気持ちが無かった訳ではない。
 自分に才能がある事に気付いたのはちょうどKMRタイプのウィルスが巷で流行り始めた頃だった。
 出来心でイカサマを始めたら、辞められなくなってしまっただけだ。
 今ではもう、いかこの唯一にして最大の収入源となっていた。
 ただ、あの頃の情熱は消えた。

 金が欲しかった訳じゃない。
 増えていくチップの数字が妙に嬉しかった。
 ……少なくとも最初は。
 いつからか、興奮も情熱も無くなり、膨大な量のチップを持て余し、換金すらせず、それでもカジノに顔をださずにいられず、ただだらだらと入り浸って時折思い出したようにギャンブルをし、その度にディスプレイに表示される数字だけが増えていくようになっていた。


 その日もいかこは当然のようにカジノに居た。  
 隣の席の女(紅女:ホン・メイ)が話し掛けてくるまでは、いつものように何をするでもなくぐるぐる回り続けるルーレットを眺めているだけだった。

「あなたね。」
「何?」
「捜してたのよ。ずっと」
「人違いじゃないの?」
「ねえ、私に“heaven”をくれない?」

 いかこ自身は知らなかったのだが、いかこの脳内チップには生まれつき特殊なソフトがインストールしてあり、イカサマをするまでもなくあらゆるギャンブルにおいて常勝を約束されていたのだった。
 こういった、チップ自体にソフトウェアが仕込まれている人間がごく稀にいて、チップを埋め込んだ機関――つまり政府によって常にデータが収集されている。そして埋め込まれた本人は基本的に死ぬまで知る事はない。しかもソフト自体はチップの一番奥の方、ファイアウォールの向こう側、通称「心の中」に保存してあるので、他人がそれを入手する事はありえない。
 いかこに与えられたソフト、“heaven”は、プログラム内の乱数を任意の数字に書き換える事が出来ると言う物で、まさにギャンブルの為のソフトと言えた。

「……いいわよ。そのかわり……。」
「あなたに勝てたら、でしょ?」
「解ってるじゃない」

  いかこは何も知らなかった。
  ホン・メイが既にルーレットのプログラムを乱数を使わない形式に書き換えていた事も、KMRウィルスの感染者がファイアウォールを素通りできる事も、チップの中のプログラムを奪われた者には死が待っていると言う事も。




 いかこのディスプレイにはピンクのキスマークだけが残っていた。